最終課題


私たちの最後のレッスンは、できる限り言葉を使わずに行う。

練習のはじめには言葉を用いるが、それは言葉を超えて進もうとしていることを思い出すためだけである。

私たちの道を先導し、私たちの歩みを確かなものとしてくれる聖霊を、頼みとしよう。

私たちはこれらのレッスンを聖霊にゆだねる。

同じように、これからの私たちの人生も、聖霊にゆだねる。

私たちは二度と再び罪を信じることへと後戻りしたくはないからである。


聖霊の道だけが、神が私たちに与えてくれた平安を見出せる道である。

それが、最終的には必ずすべての者が旅する道である。

なぜなら、神ご自身が終わりをそのように定めたからである。


私たちには世界を赦すという目的が与えられている。

それが神が私たちに与えたゴールである。

私たちが探し求めているのは、神が定めた夢の終わりであって、私たち自身が決める終わりではない。


神を思い出すことが、地上における私たちの機能である。

実相においては、私たちは神ご自身を完成するものとなるべく定められている。

だから、私たちのゴールは共有されているということを忘れずにいよう。

それを覚えていることによって、神が思い出され、神の平安のある天国および神ご自身へと至る道が示されるからである。


私たちは父がご自身の神聖な子に約束した贈り物を手にすることなくこの一年を終わらせはしない。

今や私たちは赦されている。

私たちは神の怒りだと思っていたすべてから救われており、それが夢だったということを見出した。

私たちが神の怒りから救われた理由は、自分たちが間違っていたことを学んだからである。

それだけのことである。


私たちは正直になって神のもとへ行き、自分が理解していなかったと述べたうえで、神ご自身の与える教師の声を通して神のレッスンを学べるように、助けてほしいと願い出る。

「これは私の子であり、私のものはすべて彼のものである」と言うだろうか。

神がこのように答えると確信していなさい。

これはあなたに対する神ご自身の言葉だからである。

そして誰もそれ以上のものを得ることはできない。

この言葉の中に、今もこれからも、時間を超えて永遠に存在する一切が含まれているからである。

Jと子羊のレッスン~奇跡講座・ワークブックダイジェスト

奇跡講座の毎日のレッスンの中で、忙しさの中にでも、今日のレッスンを思い出せますように。 一旦立ち止まって、聖霊を招き入れるための隙間を持てますように。